2014年7月21日月曜日

アメリカインディアンとハリウッド

 毎夏、アメリカ全土で、パウワウ(Pow Wow)というアメリカインディアンの踊りの集会、祭りがあります。パウワウに参加するアメリカインディアン家族のドキュメンタリーを友人のディレクターと撮影したときの話です。

 何故、パウワウに参加するのか?という質問に、娘のカーメンは、パウワウは、アメリカインディアンである自分のルーツだからだ、と話してくれました。

 カーメンは、パウワウがない冬の間に、自分でデザインを考え、ビーズをひとつひとつ縫い付けて、次の夏のパウワウ用の衣裳を自分の手で作ります。自分が作りあげた衣裳を身につけて、インディアンのミュージシャン達が叩く力強いドラムと歌声に合わせて、自分の踊りを競います。

 カーメンの家族と一緒に生活しているうちに、アメリカインディアンである誇りと、インディアンの教えを守っている彼らの家族の強い絆を感じました。他人のことや他人の環境を羨ましいとは思わず、モノにとらわれないシンプルな生活をしている彼らでした。

 ハリウッド映画の撮影は贅沢です。以前、日本のCM撮影を仕事をしていた私は、ハリウッド映画の撮影に関わり、その贅沢さに驚きました。俳優に始まり、我々スタッフの待遇も日本では考えられないほど恵まれています。例えば、飛行機での移動に関して、フランス在住のジョニー・デップをハリウッドでのたった数時間のミーティングの為に、多額の費用を使ってプライベートジェットを雇います。ディレクター、カメラマンなどのメインスタッフの飛行機での移動はファーストクラスであること、とハリウッドの組合で決まっています。それらの金額を加算していくと、ハリウッド映画の予算が超巨額に膨れ上がるのがわかります。

 そのような環境での仕事に慣れていた私にとってカーメンの家族との出会いは目からうろこが取れるような気持ちでした。ハリウッド映画の豪華さは否定しません。こういう豪華な環境があるからこそ作れる数々の名作があります。そこの世界からはかけ離れたアメリカインディアンの人達のシンプルな生活。多くのモノはありませんが、精神的なリッチさは誰にも負けないでしょう。

 バッグが好きなカーメンは、私が持っていた日本製のバックを褒めてくれました。「そう日本のものなのね」、と、日本に行くことのない彼女はつぶやきました。別れる日の朝、ずっと大切にしていたこのバックを彼女にプレゼントしました。自分の好きなものを人にあげることなど今までできなかった私ですが、この日はなんの抵抗もなく、彼女に手渡す私がいました。カーメンの驚いた顔がとても嬉しそうな顔にかわっていきました。バックはまた買うことができますが、カーメンと彼女の家族と一緒に過ごした日々は、お金やモノに代えることはできません。そのお礼をしたいという心からの気持ちの表れでした。そういう気持ちをアメリカインディアンのカーメンの家族が無言で教えてくれたのでした。

 その年の冬に、カーメンから彼女の手製のドリームキャッチャーが届きました。そのドリームキャッチャーは、今も私のベッドの上の壁に掛かっていて、いい夢だけを届けてくれています。

 


 
 





 

 

2014年7月13日日曜日

ALL ABOUT "ME" BOOK  第一章 自分らしさー W杯敗退のインタビューから自己肯定のあり方にまで及んだ議論

 サッカーW杯敗退後に、選手達が言った「自分たちのサッカーができなかった」という言葉へ違和感を持つ人達が多くいて、その言葉から自己肯定のあり方まで議論されたと、ある日本のインターネットの記事で読みました。

 同インターネットの記事からの引用です。『ネットでは以前から「自分探し」「オンリーワン」といった言葉に懐疑的にみる意見が目立ち、「結局、暗示をかけて現実から逃げて、弱い自分をごまかしているだけ」といった声が上がっていた。一方、「ある程度自分を肯定しないと辛いだけ」とする反論もある。』

 両方の意見ともネガティブなのに驚きました。弱い自分でもいいじゃないですか!この世の中、そんなに強い人が多くいるとは思えませんが。。。弱い自分のなかの「自分らしい」良さを発見して、それを肯定するのがどうしていけないのでしょうか?

 また、あるタレントが「自分で自分らしさって言ってどうするんだ。」「自分でも自分らしさはわからない。」という発言に多くの人達が共感したということが書かれていました。

 人はとても複雑です。自分を完全に理解するなど到底不可能でしょう。自分らしさは、時、状況によっても変わってきます。何かの出来事に対して、えっ、こんな自分があったのか、と驚いたことはありませんか?

 ALL ABOUT "ME" BOOKの第一章で自分らしさを発見するページを作りました。そこには9つの質問があります。これだけでは、自分らしさを発見する氷山の一角にしかならないでしょう。でも、この機会に改めて自分のことを考え、自分のいいところ、そして、そうでもないところをみつめてほしいのです。両方とも自分なのですから。

 自分で自分を肯定しなくて、誰が肯定するのですか?「自分のことを褒めてあげたい」、とインタビュー時に言う日本人スポーツ選手がいますが、その通りです。他人が褒めてくれることを待っていてはいけません。自分で自分を応援し、褒めてあげ、自分が自分の一番のファンになって下さい。そのためにも、すこしでも自分らしさを知っていてほしいと思っています。








 
 

 

2014年7月8日火曜日

撮影のエピソード:マイケル・ジャクソンとの遭遇

  撮影の仕事をしていることで、よく知人からスターに会えていいね、と言われることがあります。TVやスクリーンを通してしか見ない彼らの素顔の一部をかいまみれることは、この仕事のプラスアルファーのちょっと楽しい特典と言えますね。

 マイケル・ジャクソンのCM撮影の時のエピソードをひとつ。アメリカでの撮影時には、スター用に特別な部屋やトレーラーが用意され、そのなかには、彼らができるだけ気持ちよく撮影に集中できるようにと、花が飾られ、彼らの好きな飲み物、スナックなどが準備されます。マイケル・ジャクソンの様な大スターのCM撮影の場合、撮影時間が限られているため、スターのメイク、衣裳が整い次第すぐ撮影ができる体制を整え、スターがスタジオ内に現れるのを今か今かと待ちます。
 
 このCMは、広大な砂丘で歌い踊っているマイケルが、砂漠の強風によって細々な砂となりTVの画面に吸い込まれていくというコンセプト。マイケルが到着して、メイクに入ったという連絡。スタジオ内の巨大な砂丘のセットの周りでは、カメラ、照明など最終調整にスタッフの緊張が走ります。しかし、メイクも衣裳も終わっているはずの時間になったにもかかわらず、マイケルは、いっこうに現れません。ヘアースタイリストが彼の髪を切っているので時間がかかるとの情報が入り、スタジオ内は今まで張りつめていた緊張が途切れた空気を感じました。

 巨大な砂丘のセットから離れた反対側にあるスタッフ用に用意されているスナックのテーブルの近くに立っていた私ですが、ふと気づいたら、衣裳を着たマイケル・ジャクソンがこちらに向いて歩いてくるではないですか!多くのスターは取り巻きの人達と一緒にスタジオに入ってきますが、彼は一人でひっそり現れたので、誰も彼が入ってきたことに気づきません。

 すーっと、私の近くを通るときに、マイケルは"Hello"と彼の”あの”ソフトな声でスマイルをしてくれました。マイケル・ジャクソンとの数秒の遭遇!思いがけないマイケルの“ハロー”に、呆然としている私を通りこし、マイケルは、スタッフ用のスナックの野菜スティックからにんじんを数本を手に取りました。マイケル・ジャクソンがにんじん?彼のために用意された部屋には、スタッフ用よりもっとおしゃれなスナックが用意されているのに。。。

 マイケルがそこにいると分かった助監督が慌てて飛んできて、彼を監督のところへ連れて行きました。監督と撮影前の打ち合わせ、その間も握っていたにんじんを食べながら、じっと監督の話を真剣に聞いていたマイケル。打ち合わせが終わり、さあ本番!砂丘のセットの上に立ちました。音楽が流れ出すと、か弱そうなマイケルがスター・マイケル・ジャクソンに変身したのです。近くでみている我々は、マイケルのパワーとエネルギーに鳥肌がたつくらいでした。完璧なパーフォーマンスで数回のテイクで撮影は終了。マイケルは、"Thank you, everyone" (皆さん、ありがとう)と、もとのソフトなマイケルに戻り、優しく手を振ってスタジオを後にしました。

 その後、色々なトラブルなどの末にこの世を去ってしまったマイケル・ジャクソン。多くのスターと撮影を通して会いましたが、カメラが回り始まった時の変身ぶりと、全身から解き放たれるパワー。やっぱり、マイケル・ジャクソンは、スーパースターでした。

2014年7月1日火曜日

映画「ラストサムライ」の仕事の後

 十年前、映画「ラストサムライ」で、プロダクション スーパーバイザーという大役を任され、一年以上に渡りこの映画の製作に取り組みました。ワーナーブラザーズ製作のメジャーなハリウッド映画の仕事で、ロサンゼルス在住の日本人である私が就くことができる最高のポジションかもしれないと仕事中も何度も感じていました。

 この以前からもハリウッド映画の仕事には携わっていましたが、「ラストサムライ」の時は、監督、カメラマン、美術監督と一緒にロケハン(撮影場所を決めるために、候補にあがった場所を見に行くこと)に参加し、実際に映画の内容についても自分の意見を言える立場となり、長年の夢だった「ハリウッド映画の製作の仕事」の頂点に達した仕事となりました。エキサイティングな毎日でしたが、多くのチャレンジもあり、大げさかもしれませんが、全身全霊を注いで仕事に取り組んだ毎日でした。

 「ラストサムライ」の一年数ヶ月に及ぶ長い仕事が終わり、ロサンゼルスに戻ってきた後、何をしていいかわからない自分がいました。もちろん、大きな仕事の後の疲れなどもありますが、何も手につかない毎日が続きました。ロケ先のニュージーランドから送られてきた荷物の箱は何ヶ月も玄関先に山積みのまま。友人と食事に行くと、オーダーするものがなかなか決まらない。ネイルショップに行くと、自分で色を決められず、ネイリストに選んでもらう。仕事中は終わったらバケーションを、と思っていたにもかかわらず、どこに行きたいかわからない。など、何も決められない自分がいました。

 自分の夢に向かってひたすら走り、その夢が叶った後、どうすればいいか? その答えは、次の夢、目標をたてる、ということです。自分を知って、理解していれば、次の夢、目標をたてることは容易ではないでしょうか?

 「ラストサムライ」の仕事中にある人から、「蔭山さんは仕事はできるけど、自分のことになると違うんだよね。」というコメントを受けました。撮影後の何も決められない私をみすかしていたような発言でした。

 私がその頃できなかった自分を知り、より理解するということを、この本を通してひとりでも多くの人にしてもらいたいです。大きい夢、小さい夢、多くの夢を思い描き、ひとつの夢を叶えたら、次の夢へのステップを踏み出しましょう。時間は永遠にあるようで、実際はそうではないのですから。。。